「河」

赤い鳥/スタジオ・ライブ収録

この奇跡のようなライブアルバムのオープニングは「きみの友だち」。村井邦彦のピアノイントロ二拍目に、パチッ!とフィンガースナップのような音が入る。正体不明のこの音がいつも時空を超えて、このアルバムを毎日学校から帰って聴いていた時代に連れ戻してくれる。新居潤子のリードボーカルがひたすら瑞々しく聴き惚れていると、二番から入ってくるドラムのスネアの音がまた良くてにんまり。

 

大体がこのアルバム、音がすごくいい。左に山本俊彦、右に後藤悦治郎のアコギがマイク撮りで入っているが、この粒立ちが心地いいったらありゃしない。そしてふたりとも実にリズムの切れがよく、上手い。「エーメン」「カム・アンド・ゴー・ウィズ・ミー」はこの二人のアコギを軸に、五人のハーモニーが自由闊達に曲中を縫いまわるが、この「カム~」でのイントネーションと抑揚がばっちり揃ったエモーショナルなハーモニーは聴いていて汗がでる。これを書くために改めて聴いてやっぱり汗が出た。大川茂のリードボーカルを中心にメンバーの誰一人欠けても成り立たないこの声のグルーヴ、すごいと思う。みんながみんなを引き立てている。ときにぶち切れるように脳天を突く平山泰代のソプラノと、後藤の語尾ファルセットの役割はたいしたものだ。


詩も曲もきゅんときてじわ~とくる「窓に明りが灯る時」は数々の名曲を生み出した村井・山上コンビでは一番好きな曲。「ちっちゃな子守唄」は平山のトイピアノと新居のガットギターの女子二人による歌と演奏。イントロのフレーズを平山がとちると、演奏はそこでストップがかかる。そのとき、すかさず村井のピアノがタンタンタヌキを弾くのだが、それより前になんと新居がやらかしたとき定番の「ドー↓ソソラ(♭)ーソー、シ!ド!」のフレーズをガットギターで弾こうとしている。これがたどたどしくてそれになってなくて笑える。この部分は必聴もの。新居の、実はユーモア人、ぶりはこのときからだったのだ。またこのアルバムはチェロがはいっているのだが、新居平山の女子ハーモニーにとてもよく馴染み、引き立てていると思う。つまりは、ふたりのハーモニーが弦のようにしなやかだとも言える。


津軽の伝承歌の「もうっこ」、ここでの大村憲司のソロが渋い。このときまだ赤い鳥の正式なメンバーではなく、ギタリストとして参加した初レコーディング、若干22才。Aマイナー一発、さぁどうぞと回ってきたソロ。いきり立ってどや弾きしてしまいそうなところが、さにあらず!曲想に合ったおどろおどろしい和の世界を、大きい歌まわしを基本に流れるようなフレーズをはさみ、伸びやかかつ滑舌のいい音色でもってガツンと弾いた。すごい人、と思う。

 

そして「河」。Bメロ前で転調するときのアンサンブルが気持ちいい。大村憲司のオブリのギターがしなやかであり骨太でもある。ストラトをアンプ直の音、最高の音。曲終盤、「河よ私を流しておくれ、河よ満ることのない海に~」と挑むような祈るような新居のリフレインに絡んで、いつのまにか大きく歌っている憲司氏。どんどん高揚していくストラトのチョーキングの音がひたすら気持ちいい。マーティン・ウィルエバーのドラムと武部秀明のベースが叩き出すグルーブはやがて佳境を迎え、そこにぶち切れた平山と後藤のファルセットも絡んでバンドとコーラス、そして思い思いの手拍子を連打する聴衆が一体となって怒涛のエンディングに突進してゆく。


ラストのアカペラ「フィンランディア」はアナログ時代はプチノイズが気になって聞けなかったが、CDで聴くと、五人のコーラスがひとりに聞こえた。


これは赤い鳥にとっては前期の作品だが、ひとつの完成形だと思う。演奏、録音、空気、すべてがかっこいい。エバーグリーンな名盤。(敬称略)