兄貴の恋人(68年日本)

 

「加山雄三の映画?別に観なくていい」こういう人はけっこういる。
加山雄三は驚くほど表情にバリエーションがない。いくぶん顔を紅潮させてボーッとしてるか、何かに憤慨しているか、にやけてるか、だ。が、敬遠していた加山映画を最近になって改めて見てみると、意外にいいじゃない!という人もけっこういる。僕もそうだ。高峰秀子との「乱れる」を観てそう思った。それは加山の少ない表情の中に、心情を読み取る力が観る側についた、ということなのだと思う。つまり加山は不変で、観客であるこちら側が成長したのだ。

 

さて、加山の相手役はこちらも表情のバリエーションが少ない酒井和歌子。この人の設定がすごい。華麗な丸の内OLでありながら、妙に荒んだ生活をしていて、兄はヤクザ、戦後の闇市か置屋みたいな風情の街の一室に母と暮らしている。まるで貸本少女マンガのようなシュールな設定だ。


加山といえば、当時日本一のモテ男。この映画でも当然モテまくっている。酒井の同僚OL岡田可愛、社長令嬢の中山麻理、バーのマダム白川由美、さらに妹の内藤洋子にまで恋心を抱かれている。モテ男加山は逆玉の輿路線をかねてからぼんやりと狙っており、社長令嬢中山と結婚を前提に交際するも、ひょんなことから自分の酒井に対する恋心に気付くに至り、街を歩きながら「(そうだ)、キミ、僕と結婚してくれないか」と用事を思い出したような口調で酒井にプロポーズをする。自身の境遇を理由に加山との結婚を躊躇する酒井。誰にも感情移入できないまま、映画は進行する。


真夏の夜、兄加山の恋人に嫉妬と嫌悪を感じ、自室で悔しがる内藤の汗まみれぶり(当時、自室にまでクーラーはないのだ)に驚いていると、これだけでは終わらなかった。物語は終盤、内藤のピアノ教師役ロミ山田の怪演により、一気にホラー映画テイストを帯びてくる。ロミと内藤がドライブするシーンがすごい。当時最先端のスポーツカーを操るロミ。しかしながら、運転席のシートを異常に前に寄せ、結果ハンドルにしがみつく形で運転することになる。加山歌唱の甘けだるいボサノバをBGMに、なにやら小さく前にならえをしているようなこの異様な運転手を乗せて疾走するスポーツカー。この映像を突きつけられ、へんな脂汗を背中に感じていると、さらにロミは内藤に密かに同性愛を感じており、港の建設現場のような土埃の場所に車を停め、内藤にキスを迫る。すんでのところで逃げ出し、港湾べりをふらつく内藤のバックに巨大な船が汽笛とともにヌッと現れる。この一連のシークエンス、何かを狙い、外し、結果、意図せぬ得体の知れないものを生み出している。とても怖いので笑うしかない。


何を考えているかが基本的に不明な加山とたんたんとしているが大声をだすと声が裏返る酒井、この低体温カップルには、常にはじけるところがない。結局結ばれるも、このふたりが将来幸せになる予感を観客に全く与えないまま、内藤が無理無理に兄貴への恋慕を断つところで映画はプツンと終わる。幸せそうな人がまったく出てこない、こんなにすっきりしない青春映画はない。クセになりそうだ。