小津組、再び

 

あさってから梅雨入りかも、とテレビのなんとかさんの天気予報で言っているので、晴れてるうちにと富士山を見に行く。緑多き静かな国道413号は勝手知ったる道、ナビ不要で、山中湖畔パノラマ台にたどり着く。チョコがけアイスみたいな山頂、おなかには雲の腹巻きをまとった富士に、あ~たま~を雲の~♪と口ずさみながら、しばし見入る。傍のベンチには富士山そっちのけで話し込む男性三人組、駐車場には車内でシートを倒し、本を読んでいるおじさん二人組がいた。おじさん同士、意外に多し。


湖畔の図書館、花の都公園近くのスーパーと定番コースを回って、早めに石割りの湯に行ってみる。火曜の午後、思ったより人が多い。観光バスが停まっていて、中国人の団体が来ているようだ。このような地味目な温泉にも彼らは進出していた。この日は比較的声のトーンが低い行儀の良い中国人たちで良かったが、それにしても中国人のこどもはみなコロコロに太っており、彼らの裕福さをそこに感じる。

 

さて、外のヒノキ露天風呂に行ってみると、ここもかなりの盛況。人々の体型からして、芋をというかサツマイモを洗うといった感じ。隅が空いたのでそこに混ぜてもらう。この露天風呂は源泉の温度が低く、湧かしているポイントが風呂の中にいくつかあるのだが、そのポイントからちょっとはずれたので、ちょっと冷えるなと思いながら、空をながめていると、「女の人は尿道炎になりやすいらしいよ」といい声がすぐ近くから聞こえてきた。僕の向かい側にいる三人組の真ん中、そうそう、と困ったような笑顔でうなずいた顔に見覚えがある。はっとしてその右側のいい声の主をみると果たしてそこには小津監督が。またいた!そしてまた来た私。「石割の湯の小津組」から一年を経ての再会となった。

 

「膀胱と出口が近いからね」、小津監督はこのような発言にも品がある。声と眼差しが落ち着いている。困り笑顔でうなずいたのは以前も出会った照明さん。そのとなりには美術さん。あいかわらず黒い顔で口数少なく静かにしている。前回いた助監督は今日はいない。

「そりゃあ今朝はびっくりしたねぇ」と小津が話を続ける。どうやら照明さんの今朝の小便に異常事態が発生したらしい。今はこうして風呂に浸かっているのだからたいしたことはないようだが、近日中に精密検査に行くらしい。小津は過去に何度もガンではないかと自分で自分を疑った経験を語り、でも、結果毎回ガンではなく、もう俺はガンにはならないね、と宣言した。その根拠のない自信たっぷりな言い方に、どうしてもガンにはなりたくない小津の願望と不安を感じる。やや間があり、小津は無口な美術さんに、

「何だかんだ言っても、あんたは健康そうだねぇ」と水をむける。

「いやぁ、びっこだから」と美術さん。

「びっこはともかくとして健康そうだよ」小津が語り、照明さんが頷く。前回と寸分違わぬ図式で場が展開する。


途中、恰幅のよい大鵬親方のような人がごめんと小津監督と僕の間に入ってきた。腰をおろし腕を組み、じっと目をつぶって土俵下で取り組みを待つよう。ときどき目を開け、またつぶりしながら湯に浸かっていたが、小津が繰り広げる病気談義に嫌気がさしたか、滞在時間比較的短く湯からあがり、それを合図のように照明さんも、じゃ、と出て行った。無口な美術さんはいつのまにか姿が見えなくなっていて小津組はあっけなく解散となった。僕も露天風呂から気泡風呂に移った。

 

脱衣場で体を拭いていると、ガラス越しに露天風呂が見える。小津はひとりそのまま隅にまだ残っている。その向かいのさっきまで僕がいた所に、さかんに首をひねって口をぱくぱくさせているイッセー尾形と堤真一を足して二で割ったような男がいた。気持ちいいのかそうでもないのか、和んでいるのか悩んでいるのか、よく分からないその挙動にどこか惹かれるものがあり、しばし体を拭き拭き眺める。
そして小津の対角線の隅には妙に盛り上げっている初老の三人組がいた。盛り上がっているというのは、三人の距離がすごく近いのだ。湯の中でほとんどくっついていると言ってもいいくらい。距離を適度にとってばらけていた小津組とは親密度が違う。「なかよし」という言葉がぴったりする。ただよく見ると、まんなかの人は無表情で中空を見ていた。わきのふたりがこの無表情を挟んでどしどししゃべりあっていた。対角にいる小津監督はというと、この不思議な三人組をぼんやり眺めながら湯に浸かっていた。

 

湯上りにロビーで6個160円のトマトパックを買い、さっそく椅子に腰かけてかぶりついたが見た目ほどには美味しくなかった。もう富士も梅雨入りだ。